TAGs

B&G宇部海洋クラブ「チャレンジクルーズto国東半島・姫島」2013.9.15-16

Updata 2013年 9月19日

シンシア8世号(全長11m)による「チャレンジクルーズto国東半島・姫島」(1泊2日)を行いました。
宇部から姫島まで約30マイル(55キロ)、参加したのは宇部市内の中学生と高校生7名とスタッフ2名。
久々の泊りがけクルーズです。
台風18号の影響もあり、途中から風が強まりましたが、無事、姫島港に入港。
子どもたちの楽しそうな笑顔を見ていると、主催した私たちもうれしくなります。
多少船酔いをする子供もいましたが、それでも波が高くなるほど、元気一杯の歓声を上げていました。



【日程】
15日午前7時、ホームポートの妻崎漁港を出港、9時過ぎから台風の影響で波が高くなりましたが、11時45分、姫島港に接岸。
途中からシイラ釣りを試みましたが、残念ながら釣れませんでした。
接岸後は持参の弁当で昼食をとり、魚釣りや泳いだり、自由な時間を楽しみました。
子どもたちは元気です。
14時30分、訪ねて来られた保護者を迎えに行くため、国東半島の伊美港(フェリーターミナル)に移動し、そのあと、姫島の東側にある金漁港に移動しました。
金漁港には徒歩3分のところに炭酸泉水の温泉(秘湯)があり、島の皆さんは「日本一」と話しています。
温泉のそばには、温泉水の湧水があり、飲用すると、まさに炭酸水でした。
入港後、夕食準備、メニューはカレーライス、ジュース、マンゴプリン、頂きもののブドウ。
子どもたちが一生懸命動いてくれるので有難いですね。
今回は私が叱ったり、大きな声を挙げることが一度もありませんでした。
7時までに全員、お風呂を済ませ、夕食、その後は魚釣りをしたり、子どもたちは楽しく過ごしていましたが、指示通り10時には全員睡眠に入りました。


ところが、夜になって、15m以上の強風が吹き、マストに当たる風だけで船は大きく揺れ始めました。
朝7時から朝食準備、メニューはご飯とみそ汁などなど。
海魚釣りをさせたいのですが、外海は白波で真っ白になるほどの大時化。
帰港するには、向かい風の強風。
10時、ヨットで帰るのは中止し、時化の中を15分走って、波が静かな島の反対側に移動、そのあと伊美港で子どもたちを降し、海志先生が子どもたちを引率して、バスと電車を乗り継いで返すことにしました。
安全第一、無理をする理由はありません。
12時、伊美港そばの漁港に入港し、13時下船。
子どもたちは8人乗りのジャンボタクシーで宇佐駅まで行き、14時49分の特急ソニックに乗車、宇部駅には17時4分に無事着きました。

さて、私は子どもたちを見送ったあと、偶然見つけた木造3階建ての「涛音寮(トウインリョウ)」を見学し、昼食(タコ飯定食)を頂きました。
ヨットに戻ると、外からの波でヨットは大揺れ、仕方なく再度、時化の海に出て、ヨットを隣の港に移動。
一人で行う作業は、風が強く大変でしたが、有難いのは釣り人と漁師さん、岸壁に近づくと、こちらからお願いしなくても舫い綱を取って下さり、置き場所の適切な指導までして下さいました。
夜は、9月議会の原稿書き(25日に一般質問を行います)。
資料とパソコンを持って来て良かったです。
お陰様で8割程度完成しました。
コーヒーを飲みながら一人、原稿を書くのもいいですね。
17日午前2時、風向きが変わり、急に穏やかになりました。
10時出港、15時妻崎漁港入港しましたが、干潮のため、沖待ちして16時、無事接岸しました。
一人で走るのは10年ぶりでしたが、穏やかな天気、ゆっくり走るのもいいです。
子どもたちといる時間はいいですね。
楽しいし、何より、若返ります。

《新聞記事 宇部日報2103.9.24》

登録カテゴリー: トピックス, ブログ, 宇部海洋クラブ

「シンシア3世号」を精華学園高等学校に展示(自由に見学できます)。5.3

Updata 2013年 5月3日

 

1977年(昭和52)年、単独太平洋横断に使用した手作りヨット『シンシア3世号』(全長6.15m)を再塗装し、精華学園高等学校の新校舎のロビーに展示しています。
早いもので36年が過ぎました。
当時、私は23、若かったですね。


航海日数 147日                      八丈島東方海上にて(朝日新聞社撮影)

座っているところが、ベッドです。電灯はなく、灯油のランプを使いました。 日付変更線通過の記念写真
 

シンシア号は太平洋横断したあと、貨物船に乗せて日本に輸送しました。
当時、80万円も掛かりましたが、父が負担してくれました。
帰国したシンシア号は常盤公園に展示されたあと、防府天満宮、そして平成16年からは、山口市の「きららドーム」の玄関に展示されていました。
しかし、山口国体開催のため保管場所が、国体開催記念展示室に使われることになり、ひとまず自宅に持ち帰っていました。
平成23年、東日本大震災が発生し、精華学園高等学校の校舎(旧・吉部小学校:築50年)の耐震化が問題となり、新山口駅前に新しく校舎を新築移転することに決めました。
新校舎の設計段階で、ロビーの一部を3階まで吹き抜けにし、シンシア号を展示することにしました。
事務所の駐車場にシートを掛けて保管していた「シンシア号」のシートをはがしてみると、たった2年で、湿気のために塗装のひび割れが起こっていました。
妻は「そのままのほうがいい」と言いましたが、もともと一度、20年前に再塗装していたこともあり、2度目に塗装を行うことにしました。
塗装は近所の松尾塗装(代表:松尾浩さん)にお願いしました。

シンシア号の船体は9ミリベニヤ合板製で、強化プラスチックの加工はされていません。
塗装だけで仕上げていますが、きれいに保管されており、まだまだ乗れそうです。
長年、屋内に展示されていたおかげで、保管状態が非常によく、今なお、乗船可能なベニヤ合板製のヨットは、シンシア号だけかもしれませんね。

太平洋や世界一周したヨットが全国で保管されていますが、そのほとんどが屋外展示となっているため、特に木造の船体は損傷がひどいようです。
内部は手付かずの状態で、太平洋を横断したときのままになっています。
2月、新山口駅前(小郡南小学校の南側)の精華学園高等学校の新校舎に搬入され、3階まで吹き抜けになっているロビーにマストを立てた状態で展示されています。 

見学はいつでもできます。お近くにお越しのときは、ぜひ、お立ち寄りください。

玄関の右側にあるガラス張りの部屋に保管しています。 2階から撮影したシンシア号



船内は当時まま保存されています。

デッキ。 右はセキスタント(六分儀:位置を測るための器械です)

ミッドウェイ、ハワイ沖、サンフランシスコ港の海水が入ったビン(記念です)。右は宇部市から頂いた盾と宇部市営バスの記念バス切符


再塗装から展示までのスナップを紹介します。

保管していた駐車場のシンシア号               簡易建物は災害用支援ハウスの試作品です。

塗装のため自宅前に運ばれたシンシア号          これからペンキ剥ぎです。

剥離剤を使っての作業です。


ペンキを剥がしたデッキ            木部はニス仕上げです
 

塗装が完了したシンシア号

雨のなか精華学園高校に搬送中。

1時間掛けて、学校に到着             

横のテラス窓から搬入。


予定位置にセットされ、後はマストです。

お手伝いして下さった皆さんと記念撮影

6mのメインマスト。

マストも取り付けられたシンシア号


後方のミズンセールにはチッチの絵が描かれています。

登録カテゴリー: ブログ, 精華学園

石坂浩二さんと共演したキャノン「オートボーイ2」(1984年)のテレビCMの映像を発見しました。

Updata 2012年 6月2日

私が30歳のとき、大手広告代理店から、キャンノンのテレビCM出演の依頼を頂きました。

共演するお相手が、
有名な石坂浩二さん(現在、「なんでも鑑定団」などに出演中)と聞いて、びっくりしました。

あれから28年、ふと思い立って、「YOUTUBE」を検索してみたら、
80年代のCM特集に映像が出ていました。
15秒タイプの一番短いCMですが、私も若いですね。

自宅に保管している1分間CMのビデオはビデオテープが「ベータ」なので、我が家では再生できません。

《《キャノン『オートボーイ2』のCM:「1980年代 CM20 」映像の最後に出ています。》》

撮影した場所は、神奈川県の佐島ヨットハーバー。
夏用のCMなのに、撮影したのは2月で、前日からの雪で、撮影場所となるヨットのデッキや周辺は雪が積もっていました。
スタッフ総出で雪掻きをしての撮影。

題材は、手作りヨットで太平洋単独横断したとき、ヨットの船内に貼ってあった1枚の女の子の写真です。
八丈島、東方500㌔の海上で、嵐に遭い転覆したときも、その写真は残っていました。
朝日新聞に掲載された太平洋横断の連載記事に、その写真のことが紹介されたのが、きっかけとなりました。

テレビCMは、初めての経験でしたが、撮影に立ち会ったスタッフは30名程度、CMづくりのたいへんさを知りました。

1分CM、30秒CM、15秒CMの3本が制作され、「夜のヒットスタジオ」「水曜ナイター」などで6ヶ月間放映されました。

帰路、東京の六本木まで、石坂さんが当時、CMに出ていたトヨタの白の「クレスタ」で私を送って下さいました。
長時間、お話をさせて頂きましたが、優しい人柄で素敵な俳優さんでした。懐かしい思い出です。

精華学園高等学校のスタッフが、「なんでも鑑定団」に太平洋を横断した「シンシア3世号」を応募してみようかと言っています。
ヨットが「冒険」といわれた時代のベニヤ合板製のヨットで、きれいに保存されているのはシンシアくらいかもしれませんね。

雑誌の見開き広告です。(週刊「文春」より)

登録カテゴリー: ブログ, 後援会活動報告

福島明人さんがサンフランシスコに到着。私はCYNTHIA8を上架しました。

Updata 2011年 11月20日

7月1日横浜を31フィートのヨットで単独太平洋横断に出航した福島明人さんが、
無事、目的地のサンフランシスコに到着しました。
途中、衛星電話の不調などで、急遽、ハワイに入港するなどのトラブルはありましたが、
夢が叶って、本当に良かったです。

相談を受けていただけに、ずっと気になっていました。
彼からの電話では、12月末まで、アメリカに滞在し、ヨットは売却して帰国するとのことです。
帰国後は農業をしたいそうです。
(今の私なら、きっとサンフランシスコでヨットを整備して、ハワイ経由で、できれば南太平洋をめぐって帰るでしょうね。
そんな生活に憧れています。私の夢ですから・・・。)

写真左は福島明人さんのヨット
写真右は私の「CYNTHIA-8」(宇部市妻崎漁港に係留しています) 

私のヨットを3年ぶりに上架(陸に揚げること)しました。
3年前、整備して海に降ろしましたが、忙しくて結局、3年間でたったの2回しかヨットに乗ることができませんでした。
せっかく一生懸命整備したのに、もったいないですね。
いつの間にか、船底はカキの養殖場のようになってしまいました。

議員活動も年々忙しくなり、そろそろヨットを持つこと自体が、
限界に来ていますが、意地でも手放せませんね。

今回は、息子が「友達と乗りたい」と言い出したこと、
また私の「不登校や高校中退の生徒が多い精華学園高等学校の子どもたちをヨットに乗せてあげたい」
という思いもあり、思い切って整備することに決めました。
ヨットは37フィート12人乗りで、大型の25トンレッカーを使っての作業ですが、吊り上げ用のベルトが舵板に引っかかり、
所定の位置にスリングを固定できないので、結局、私が潜って処理しました。
11月の海水は冷たいですね。
まだまだ、若いです。
いざとなれば、気合が入ります。
借り物の船台もピッタリで、意外と短時間で作業を完了しました。
今回は、マストも外してました。再塗装します。

妻崎漁港に係留しています。漁港の準組合員です。

船底はカキが一杯ついています。高圧水で洗浄するときれいに落ちます。
写真右:少し離れてみると、かっこいいヨットですが、船齢35年の老朽船です。

息子の手伝いしだいですが、来春を目安に、ゆっくり整備します。

登録カテゴリー: ブログ, 宇部海洋クラブ