11月20日に告示される長門市長選挙に県議会議員(長門選挙区)の大西倉雄さんが
立候補されることになりました。
大西さんは現在、自民党県連の政調会長を務め、特に山口県議会初の議員立法である
「山口県中山間振興条例」を制定するときには、中心的役割を果たしました。
県議会、特に自民党にとっては、政策面で大きな柱を失ってしまうことになり、残念です。
しかしながら、県議会で農林水産委員長を務めた経験、中山間地域の諸問題についても、
県議会の誰もが認める政策通だけに、
長門市にとっては最良の市長候補だと確信しています。
長門市の抱える過疎化、高齢化、少子化問題、またTTPに対応する農林水産業の振興、
山陽地区(高速道路)への道路整備などの多くの課題は、そのまま山口県全体が抱える
大きな課題でもあり、大西さんなら必ず、「明日(未来)の山口県の方向性を示す政策を
実行実現して頂けるものと、大きな期待をしています。
私が文教警察委員長のとき、大津高校と長門水産高校、日置農業高校の統合問題があり、
大西さんは、とても心痛されていました。
住民やOBにとっては、統合しないのがベストな選択かもしれませんが、生徒の定数減による
教員数の削減などによる学力への影響は計り知れません。
私は在籍している生徒、これから入学する生徒のために、どの選択肢がベストなのかという
議論を行い、最終的には「3つのキャンパスを持つ統合」という結果になりました。
心痛されていただけに、大津緑洋高校のこれからの発展のためにも、大西さんはきっと、
大きな成果を出して下さると思います。
実は大西さんとは長いお付き合いで、県議会議員に立候補したときも、ご助言を頂きました。
4年前の沖縄(渡嘉敷島)へのジュニア洋上スクールでは、団長を務めて頂いています。
第18回ジュニア洋上スクールin沖縄・渡嘉敷島(2005年)
私は今春の議長選挙に関わる問題で「自民党会派」を離脱して、「自民党新生会」の立ち上げに参加したため、
会派は異なってしまいましたが、個人的なお付き合いは、今まで通りだと思っています。
大西さんとの初めての出会いは、私が昭和52年、単独太平洋横断に成功した頃ですから、35年前。
当時、私は宇部市の厚南青年団の会員で、彼は山口県青年団団長をしていました。
団長として「防長青年館」の建設に伴う寄付金集めに一生懸命でした。
特に昭和53年、私が「NHK青年の主張全国コンクール全国大会」に出場した頃から、
親しくさせて頂くようになりました。
その後、日置町議会議員、議長を歴任され、県議会議員に出馬。
初めての県議選には、応援弁士として個人演説会にも行かせて頂きましたが、残念な結果に終わりました。
しかし、次の県議選では、ついに夢を果たし当選。
選挙区が広がり、「厳しい」といわれた3期目の選挙のときは、大西さんの「女性の会」で講演させて頂き、
また8箇所で応援弁士をさせて頂きました。
そのとき、奥様がそばで一生懸命、動いておられる姿に感動しました。
今の大西さんがあるのは、内助の功が大きいですね。
これからのますますのご活躍に期待しています。