TAGs

宮城県石巻市災害ボランティア・ツアー参加者募集のお知らせ

Updata 2011年 9月6日

9月24日から29日までの日程で、宮城県石巻市への災害ボランティア・ツアーを開催します。
参加募集定員は10名。
ぜひ、ご参加下さいますようご案内申し上げます。
往路の交通費(新幹線)は、修養団宇部市連合会が負担します。
財団法人「修養団」とは文部科学省所管の団体で、日本最初の社会教育団体です。
(宗教、政治団体ではありません)

さて、暑い毎日が続きましたが、ようやく朝夕に涼しさを感じるようになりました。
それにしても、台風12号の被害は、甚大ですね。死者・行方不明者は100名を越えそうです。
さらに、これから北海道の豪雨も心配です。
日本列島全体に災害による被害が連続的に起こっている事態は、
日本人への自然界からの何らかのメッセージなのかもしれませんね。
「豊かの繁栄に満ち溢れている日本。自然を神とし、畏敬の心をもって生きてきた精神文化の崩壊へ警告なのでしょうか」
3月11日に発生した東日本大震災から6カ月が過ぎようとしていますが、未だに多くの被災者が避難所で生活し、また、瓦礫の片付けが、手つかずの被災地も多くあります。
宇部市連合会として、6月の総会で協議いたしました被災地での支援活動を下記の日程で計画いたしました。
今回は災害ボランティアのNPO法人「オン・ザ・ロード」が受け入れ先となり、
その拠点基地(テント村)である宮城県大崎市に行き、そこをベースに石巻市等で支援活動を行います。

日時 平成23年9月24日(土)~29日(木) (5泊6日)

24日(土)  08:00宇部駅集合―新山口駅(新幹線)仙台駅-大崎市16:00着
25日(日) 「災害ボランティア活動」(石巻市または女川市)
26日(月) 「災害ボランティア活動」(石巻市または女川市)
27日(火)  津波による被災地視察(三陸海岸)
28日(水)  09:00テント村出発-バス移動-17:00(北陸の「名湯」泊)
29日(木)  09:00旅館出発-バス移動-17:00宇部帰着

※ ボランティアの内容は、体力に応じて配慮しますので、お気軽にご参加下さい。
※ 現地での宿泊:テント村の併設した温泉宿、またはテント泊。

参加費用 約40,000円(宿泊費、食事代など実費負担金:交通費の一部を助成いたします)
募集定員 10名

お申込み・お問合せ
修養団宇部市連合会事務局まで 
TEL 41-5435(担当:加藤)FAX 44-4423

〈実施要綱の詳細 PDFファイル〉

登録カテゴリー: ブログ, 東日本大震災

4㌧ユニックを1人で運転して、宇部から宮城県まで往復2930kmを走ってきました。

Updata 2011年 8月10日

7月30日から8月3日までの4泊5日間の予定で、宮城県大崎市まで往復2930kmを4㌧ユニックを1人で運転しました。
3月末から、災害ボランティアの支援として設置していた日立建設㈱の支援ハウス「キューブ・ハウス」を引き取りに行くことと、7月15日に搬入した改良型支援ハウス「スマイリー」の保守点検が目的です。
軽いつもりで出発しましたが、片道1500kmは遠いですね。
さすがに疲れました。

一緒に行ってくれたのは、私が成年後見人を引き受けている三浦君。
でも、彼は運転できません。
知的障害児がありますが、生活面はすべて自分でできます。
自動車が大好きで、すれ違うトラックの名前は、ほとんどすべてを当ててしまいます。
「いすずのスキャナーが来た」と言っても、初めは何のことかかわかりませんでしたが、大型トラックの名前でした。
凄いですね。
彼も、助手席で疲れたと思います。

初日は午前4時に出発し、午後5時、石川県の片山津温泉に泊まり、翌日、夕方、大崎市の「さくらの湯」テント村に到着しました。
翌日、スマイリーの保守点検を行い、夕方、日立建設のハウスを積み込みました。
夕方、二人で野外炊飯のカレーを食べましたが、さすが宮城県の夕方は涼しい。
災害ボランティアの成年たちは、全員、石巻市の夏祭りに出かけ、私たちは早めに、スマイリーの中で寝ました。

8月2日朝6時、出発。
一路、石川県能登を目指しました。
何と、和倉温泉「加賀屋」旅館に泊まりました。
さすが、日本一といわれるだけのことはあります。
お風呂は3階建て、エレベーターが付いていました。
仲居さんもよく気がつく方でした。
出掛けに、有名な女将さんにもお会いしました。
3日午後9時、無事、宇部に到着。まだまだ、頑張れそうです。

サービスエリアで三浦毅之君。冷却水の温度が上がるので、おかしいと思って調べてみると、何と原因は、
自動車の正面に張っていた「緊急支援車両」と書かれた横断幕がはがれて、通風孔をふさいでいました。

日立建設㈱の「キューブ・ハウス」と、保守点検中の「スマイリー」(白は正解でしたね)

『スマイリー」の整備が終わり、食事中の三浦君。カレーと鯖の缶詰。キャンプ気分です。

「さくらの湯」テント村の全景。赤い建物は温泉施設です。本部テントは円形で合理的に作られています。

集会スペース、夜は休憩と居酒屋にビアガーデンに変身。右の図は、テント村の配置図です。

物干し場。右はロシア製の「組み立て式簡易ハウス」。アイデアがいいですが、雨漏れが心配です。

本部内部。右のモヒカン君はテント村のサブリーダー。チーフリーダーの堀之内君はチョンマゲです。

赤川さんのバスは、ボランティアの輸送に大活躍でしていました。祭りの手伝いに出かけるボランティアの皆さんです。

帰路、「昭和館」の立ち寄りました。ミゼットやスバル360など、懐かしい自動車や品物がたくさんあって、釘付けでした。

加賀屋旅館では、仲居さんがずらりと並び、お見送りしてくださいました。トラックではちょっと恥ずかしいですね。

934kmを示すメーターですが、2回転しています。2934km。

登録カテゴリー: ブログ, 東日本大震災

宮城県石巻市と女川町で活躍するボランティアの支援に行ってきました。

Updata 2011年 5月8日

2011年4月25日から30日まで、
東日本大震災で甚大な被害を受けた石巻市と女川町に行ってきました。

石巻市へは、北陸道で新潟・磐梯・郡山・仙台経由で片道15時間掛かりました。それにしても、片道1300キロは遠いですね。燃料代は往復5万円。高速料金は往復5万円(災害支援の場合は無料、市役所で手続きできます)です。

目的は民間のボラティア団体(NPO法人「オン・ザ・ロード」のお手伝いと、3月24日、石巻市に支援ハウスを運んだ4トントラックを山口県に持って帰ることが目的です。
1ヶ月間、瓦礫の撤去に大活躍したそうです。支援ハウスは石巻市社会福祉協議会ボランティアセンターで活躍していました。テントに泊まっているボランティアの救護用です。

現在、現地でほしいものは、物品より人手ですね。家財道具、土砂の除去、これは人海戦術以外にありません。
支援物資は行き届いていないところも、多少あるようですが、まずまずだと感じました。
情報が錯綜していますが、現地はまずまずの状況。報道やコメンテーターの意見は、あまり当てにできませんね。

社会福祉協議会のボランティアセンターより、民間のNPO法人のほうが、動きが軽快で対応もスムーズでした。
私が関わっている『NPO法人オンザロード』もその一つです。みんなテント持参で頑張っています。

左:宮城県女川市の津波被害(町そのものが消失した)。
中:横倒しになった建物の基礎は、なぜか建物の真下です。
津波で押し戻された?
右:地盤沈下により浸水した工場の敷地(石巻市内)

左:宮城県女川市の津波被害(4階の屋上に自動車が乗っている)
中:瓦礫の撤去に活躍するボランティア
右:石巻市湊小学校で行われた入学式


宮城県石巻市社会福祉協議会災害ボランティアセンターに設置された
災害用支援ハウスの試作品(石巻専修大学構内)

ボランティアの救護施設として使用されていました。
(たびたび、テレビに映っています)


左:宇部市に疎開した女の子が、福島県で働いているお父さんのために描いた絵
右:大崎市の温泉施設に移動した災害ボランティア団体(NPO法人「オン・ザ・ロード」)の
救護所として
使用するため移動された支援ハウス

左:大崎市の温泉施設に設置された支援ハウス。
後方はボランティアのテント村
右:女川市立第一女川小学校のグランドに設置された

災害ボランティアの活動

みんな最高の笑顔です。
「人様のお役に立っている」「喜んで頂く喜び」を知った若者たちの笑顔ですね。

左:大活躍していた4㌧ユニック
中:外国人と一緒に活動するボランティア
右:朝8時、弁当を手にテント村を出発するボランティア


左・中:他団体が残していった仮設の風呂を管理する若者たち
右:「何かやらせてください」と書かれたジャケットの背中

左:必要なのは手数。(ぜひ、ご参加ください)

中:1日の作業が終わり、夕食を採るボランティア
右:夜のスタッフ、ボランティアの「ミーティング」

左:とびっきり素敵な笑顔に会えました。
右:今時の若者たちは素晴らしいです。
女川市立第一女川小学校での「炊き出し」

朝8時から夜6時まで、要望のある家を回っての片づけ作業を行うボランティア

左:ハイエースのロングワゴン、6名で行ってきました。
(田辺満彦、三好彰、西本光則、緒方誠、清水義政、岡村精二)
右:休暇を取って参加した緒方さん(グレーのジャケット)は、朝8時から夜8時まで、瓦礫の撤去作業のボランティアに参加、感動した様子でした。

登録カテゴリー: ブログ, 東日本大震災

災害用早期設置型組立て式シェルター(復興支援ハウス)を宮城県石巻市へ搬送

Updata 2011年 3月27日

2011年3月24日、午後5時、災害用早期設置型組立式シェルター(復興支援ハウス)2台を、
東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)の津波で被災した宮城県石巻市に搬送するため、宇部市を出発しました。

◆共同通信でも紹介していただいています。
共同通信47NEWSの記事は←こちら

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から10日が過ぎ、今なお増え続ける犠牲者の数に心が痛む今日この頃です。
被災地では30万人を超える被災者が厳しい避難生活を強いられているなか、支援活動に奮闘しているボランティアが全国から被災地に入っています。

しかし、彼らの多くが雪の中で、テント生活を強いられているという現実もあります。そこで、すでに新潟県中越地震発生時に宇部から新潟県小千谷に搬送し、使用した実績のある災害用早期設置型組み立て式シェルター(復興支援ハウス)と、日立建設(株)が開発した組み立て式支援ハウスを急遽、宮城県石巻市内のある石巻市立湊小学校の校庭に搬送設置することになりました。組み立てた状態で、内部には支援物資を満載しました。

石巻市では、すでにNPO法人「メイク・ザ・ヘブン」の会員など約100人が災害支援のために集結中であり、災害ボランティアの活動拠点として、また休憩・居住施設として使用します。
今回、搬送するのは強化プラスチック製と軽量鉄骨鋼板製の2台です。
共に、大震災を想定し短期間で搬送設置可能な構造となっています。

2台のクレーン付トラックで搬送し、1台は搬送後も被災地に留まり支援活動に使います。
なお、1台には幼稚園児と小学校低学年の子どもたちが、被災地への願いをこめて、絵で描きました。
なお、搬送経費などは寄付金(100万円)で捻出しています。

【写真上左】2戸のうち、左側は日立建設㈱が開発した軽量鉄骨鋼板製の支援ハウス、右側が私の支援ハウスで強化プラスチック製です。
【写真上右】発送準備をお世話いただいた皆さんとの記念写真。
左の2人が石巻市まで1300キロを運転する堀之内君と酒井君
【写真下】日立建設㈱の駐車場を出発する2台のトラック。(1台はリースで1ヶ月借りました。搬送後、支援活動に使われます。)

災害用早期設置型組立て式シェルター(復興支援ハウス)は新潟県中越地震(平成16年)のとき、小千谷市で災害ボランティア支援のために実際に使用した私の試作品です。
少しでもお役に立てればと思っています。
(私は選挙があるので、お見送りまでです。あとは、堀之内哲也君らに託しました)
3月26日11時、石巻市内の専修大学第2駐車場に到着、夕方には設置を完了したとの連絡がありました。

【支援ハウスを石巻市へ搬送するまでの経緯】

A.総務副大臣の平岡秀夫先生にお会いしました。
3月17日、民主党の参議院議員である藤谷光信先生(岩国市出身)からお電話を頂き、急遽上京し、参議院議員会館で、藤谷先生と、同じく参議院議員の大島九州男先生にお会いしました。
私の復興支援ハウスについて協議しました。
その後、藤谷先生と総務省に行き、衆議院委員議員で総務副大臣の平岡秀夫先生にお会いしました。
平岡副大臣は、相当お疲れの様子で、目を赤くされていました。
「今、災害用支援ハウスがあれば、役に立つのだが・・・」という思いが共通の認識でした。
「支援ハウスは備蓄されていて、初めて、早期設置という本来の目的を達成できるものであり、今から大手企業が取り組んでも、量産体制は難しく、設置が2.3ヶ月後では、復興支援ハウスの本来の目的が半減してしまいます」とお話させて頂きました。

B.「試作品だけでも今回の被災地で活用できれば、「備蓄」という考え方が政府にも芽生えるのではないか、一つの実績づくりにもなるのではないか、何より今なら、絶対に役立つはず」
との思いから、帰宅後、阪神淡路大震災のあと、最初に支援ハウスに取り組んで下さった日立化成工業㈱の部長だった高瀬さんに電話しました。
すると、15年たった今も、4台の試作品は守衛室や管理事務所、休憩室として立派に使われているとのこと。
また、4年前に組立て方式の復興支援ハウスを開発した地元、宇部市の日立建設㈱の田上社長さんに電話すると、3台の試作品は建設現場の事務所や休憩室として、今、使われているとのことでした。
被災者のことを考えると、すぐにでも持って行きたいのですが、選挙直前の身の上で、動けないだけに、イライラしていると、突然、友人の堀之内さんから電話が掛かってきました。

C.堀之内哲也さんからの電話
3 月20日、突然、京都在住の書家で、精華学園高等学校の看板文字を書いて下さった堀之内哲也さんから、「先生の復興支援ハウスを貸してください。宮城県石巻市に100名の災害ボランティアが集結するので、活動拠点の基地にしたいのですが、いかがでしょうか」と電話がありました。
私の支援ハウスは試作品で、平成16年新潟県中越地震で使った実績もあり、「いいですよ」と応えたものの、一台では物足りません。しかも、搬送すれば、トラックのリース料など、1台につき、50万円程度は掛かります。
しばらくして、再度、堀之内さんから「22日に伺います」との電話、相手かまずの態度です。
(私は選挙の準備中です)

D.資金提供の電話
私の試作品は、何年も野ざらしで置いた状態で、日立化成工業㈱の試作品は、茨城県内です。
日立建設㈱にお伺いしてお願いすると、社長が即座に「協力する」と言ってくださり、トラックも1台提供して頂けることになりました。
あとは、私の復興支援ハウスの整備と運送用のトラック1台、そして何より運送資金です。
トラックのリース料、高速料金、燃料代、フリーター諸君の食事代など、結構掛かりそうです。
選挙前でなければ、何とかしますが、私もぎりぎりの状態。
さて、どうしようかと思っていると、突然、また電話が掛かりました。
あるお年寄りからの電話で「実は大震災に寄付をしたいと思うのですが、岡村さんなら災害対策に詳しいので、有効に使って頂けると思って電話しました。いかがですか。」とのこと。
びっくりですね。
私は、即座に「頂けませんか。必ず、有効に使わせて頂きます」とお返事しました。
ご自宅にお伺いして、さらにびっくりしました。
寄付金額は100万円でした。
2台搬送設置しても、十分運営できる金額です。
振り返ってみると、今まで、何度も同じようなことを経験しています。
「一生懸命は美しい」「念ずれば、花ひらく」ですね。

E.搬送準備
復興支援ハウスが保管してある駐車場で、内外の掃除をすることから始めました。
きれいになった壁面に、妻が「子どもたちに絵を描いてもらおう」と言い出し、卒塾生の子どもたちに声を掛けました。
子どもたちの中には、お父さんを福島県に残して、避難してきた子どももおり、「お父さん頑張れ」と描きました。

写真上:青いヨットは昭和52年、私が太平洋単独横断に使用したシンシア3世号(全長6m)です。
狭い船内に5ヶ月間、一人で生活していました。きれいな状態で保存されています。


写真上:復興支援ハウスに絵を描く子どもたち


写真上:4トントラックに積み込まれた復興支援ハウス(2度目のご奉公です)


写真上左:復興支援ハウスを搬送設置するために、100万円のご寄付をしてくださった三浦さんご夫妻です。本当に有難いことですね。
写真上右:トラックを運転するために大阪から駆けつけて下さった酒井さん。

東日本大震災
登録カテゴリー: トピックス, 東日本大震災

津波で甚大な被害を受けた地域も、いずれ必ず立ち直ると信じています。

Updata 2011年 3月18日

津波、地震、原発、たいへんな事態になりました。
平成7年の阪神淡路大震災以来、災害対策に15年間関わってきた人間としては、いらいらしています。
4月の選挙さえなければ、今頃は救援活動に携わっています。

私のグループの若者たちが約100名、被災地に入って頑張ってくれていることが救いですが、テント生活を強いられている彼らの健康が心配です。
また、明日の早朝には、友人が、多くの方々から寄せられた救援物資を満載したトラックで、被災地に向かいます。
フェリーで移動して、青森から被災地に入るそうです。

さて、下の写真ですが、
上は昭和21年は南海地震後の高知市の様子、下は現在の高知市の様子です。
高知はかつて、大きな津波で壊滅的な被害をうけました。
それでも、人間はその地を離れず、住み続けます。
人間の持つ本能だと思います。
人間は、たくましい勇気と強い郷土愛をもっています。今回の大震災による津波で甚大な被害を受けた地域も、いずれ必ず立ち直ると信じています。

津波の後、地盤沈下しても、次第に戻るそうです。

登録カテゴリー: トピックス, ブログ, 東日本大震災

平成23年東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)への山口県の対応について

Updata 2011年 3月18日

山口県は地震災害について、日本一、安全な場所です。
だからこそ、それに甘んじてはいるわけにはいきません。
山口県は、日本一多くの被災者(疎開、移住)を受け入れる責務を担っています。

今、私達に出来る事を精一杯、一緒に取り組みませんか。

私の事務所や友人の倉庫には、多くの方々から寄せられた救援物資が山積みになっています。
また、あるお年寄りからは、高額な義援金も託されました。

明日早朝、友人は支援物資を満載した大型トラックで、被災地に向かいます。
また、私のグループの若者たち(20歳後半から40歳)約100名は、
すでに被災地に入り、救援活動を行っています。

山口県の対応

A. 平成23年東北地方太平洋沖地震に関する 救援物資、義援金、ボランティアについてのお知らせ

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)に関する救援物資や義援金、ボランティアについて下記のとおりお知らせします。

1.救援物資について

山口県では、東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)に関する県民の皆様からの救援物資の受け付けを、
次のとおり行うこととしましたので、暖かい御支援をお願いします。

受付対象 一般県民(個人)
受付物資 食料、水、衛生用品、各種生活用品など
品目ごとに段ボール箱等で包装し、品名を表示してください。
▽食料は、生ものや冷凍食品、賞味期限の短いものを除きます。
▽ガスボンベなど輸送に危険が伴うものを除きます。
▽衣料やタオル類、紙おむつ等は、原則として、新品又は未使用のもの、
クリーニング済みで清潔に保たれているものに限らせていただきます。
受付窓口 県社協・各市町社協(下記のとおり)
※市町によっては、直接市町が受付を行っている場合があり、受付窓口や物資も異なっている場合が
ありますので、不明の場合には、事前に市町や市町社協の方にお問い合わせください。
開始時期 平成23年3月17日(木曜日)
受付期間は被災地のニーズが十分に把握できていないこと等から、当分の間とさせていただきます。

3月19日(土曜日)~21日(月曜日)における救援物資の受付等については、次のとおりとなっていますので、お知らせします。

【県社協のほか、全市町において、市町社協又は市町が物資の受付を実施】
※企業等からの申し出については、県厚政課(083-933-2724)で相談を受け付けます。
なお、まとまった物資の支援については、被災県から、以下の連絡先に御相談いただきたいとの
要請がありましたのでお知らせします。

  • [岩手県] 保健福祉部地域福祉課 (019-629-5467)
  • [宮城県] 東京事務所 (03-5212-9045)
  • [福島県] 災害対策本部物資班 (024-521-1908)

2.義援金について

(1)3月14日、中央共同募金会、日本赤十字社、NHKにおいて、「東北関東大震災義援金」の募集が
開始されましたので、お知らせします(実施期間:平成23年3月14日~9月30日)。

郵便振替
振替先:日本赤十字社
口座名義 日本赤十字社(にっぽんせきじゅうじしゃ)
東北関東大震災義援金(とうほくかんとうだいしんさいぎえんきん)
口座番号 00140-8-507
郵便振替
振替先:中央共同募金会
口座名義 中央共同募金会(ちゅうおうきょうどうぼきんかい)
東北関東大震災義援金(とうほくかんとうだいしんさいぎえんきん)
口座番号 00170-6-518

※いずれも通信欄に「東北関東大震災義援金」と記入すると、手数料は無料です。
(2)東北地方太平洋沖地震に関する県の災害義援金を募集することにしましたので、お知らせします。
(実施期間:平成23年3月16日から当分の間)

《内容》

  1. 義援金箱を、県の本庁や各総合庁舎、事務所に設置します。
  2. 今後開催される、県の主催行事、イベントの会場へ災害義援金箱を設置します。

※集まった義援金については、中央共同募金会等が共同で受付を行っている「東北関東大震災義援金」に逐次寄付します。

3.救援ボランティアについて
今後、国等からの要請を踏まえ、県社会福祉協議会及び市町社会福祉協議会において、手話通訳、介護等の専門ボランティアを中心とした登録制度が開始される予定です。なお、現在のところ、募集は行っておりませんので、ご了承ください。

◇相談窓口等は以下となります。

救援物資 ▽山口県健康福祉部厚政課地域保健福祉班  083-933-2724
▽山口県社会福祉協議会総務班  083-924-2777 ▽最寄りの各市町社会福祉協議会
義 援 金 ▽山口県共同募金会  083-922-2803
▽日本赤十字社山口県支部  083-922-0102
▽NHK山口放送局  083-921-3737
ボランティア ▽山口県社会福祉協議会県ボランティアセンター  083-922-7786
▽最寄りの各市町社会福祉協議会

◇救援物資の受付窓口

社会福祉協議会名 電話番号 受付時間
山口県社会福祉協議会 (083)924-2777 8:30~17:00
下関市社会福祉協議会 (083)232-2001 9:00~17:00
宇部市社会福祉協議会 (0836)33-3131 9:00~19:00

平成23年東北地方太平洋沖地震災害に係る公営住宅の臨時的入居を現在受け付けています。

【県営住宅】

  1. 入居対象者
    市町村が発行する当該震災に係る罹災証明書の交付を受けられた方
  2. 提供戸数
    217戸
  3. 入居できる期間
    6ヶ月(更新は可能)
  4. 家賃等
    家賃は全額免除。連帯保証人、敷金は不要。
  5. その他
    必要に応じて、生活器具(ガス台、照明器具、電気ストーブ)等を現物給付します。

【相談・お問い合わせ窓口】
山口県住宅課:山口市滝町1番1号 県庁12階(電話083-933-3880)
山口県住宅供給公社本社:山口市水の上町1番7号(電話083-934-2004)

登録カテゴリー: 東日本大震災

第40回宇部市街頭美化清掃奉仕を開催しました。(主催:修養団宇部市連合会)

Updata 2010年 12月23日

12月19日、私が会長を勤めさせていただいている修養団宇部市連合会主催による
第40回宇部市街頭美化清掃奉仕を実施しました。

市制50周年を記念して始まった市民参加による清掃奉仕で、今年で40回目になりました。

清掃奉仕には、宇部興産(株)、UMG・ABS、大栄商事などの企業、また宇部ロータリークラブ、国際ソロプチミスト、慶進高校サッカー部、宇部西高校生徒会、FC宇部ヤーマンなどの団体から、約400名を超える皆さんがご参加くだいました。
厚くお礼申し上げます。

午前10時、JR宇部新川駅前と宮大路南街区公園に集合した後、軍手や竹ぼうき、ビニール袋を手に常盤通りやシンボルロード沿いに歩きながら市役所を目指し、枯葉やごみ、空き缶などを拾って集め、市役所西側の公園に集結しました。

解散式では第1回から参加されている西岐波の小笠原文枝さんに、清掃奉仕が始まった当時の思い出についてお話していただき、また久保田きみ子市長さんもお忙しい中、駆けつけてくださいました。

さて、宇部市はかつて「日本一のお掃除の街」と言われていたことをご存知でしょうか。

宇部市は世界有数の煤塵公害の町と言われ、その汚名を産学官が、力を合わせて対策に取り組み、市民は花や柳の木を植え、清掃奉仕を積極的に行い克服した素晴らしい歴史があります。その市民運動の中心をなしたのが、修養団宇部市連合会です。

当時は市内のほとんどの企業が連合会の会員だったそうです。
今も多くの企業が、早朝から会社の周辺道路などの清掃奉仕を行っているのはその名残りでもあります。
ぜひ、お掃除日本一を復活させたいものですね。

本事業を、私が実行委員長として運営するようになって、12年目になりました。

毎回、多くのボランティアに支えられての事業で、本当にありがたいことだと感謝しています。
「街がきれいになれば、人のこころがきれいになる。そうすれば犯罪が無くなり、安心、安全、安らぎにあふれた街になる。清掃奉仕の市内全体に広がればいいですね」

注:修養団とは文部科学省所管の社会教育団体で、
明治38年に東京師範学校(現:東京教育大学)の学生たちにより設立された団体です。

登録カテゴリー: 後援会活動報告