縁を生かし、今を喜ぶ

Updata 2002年 7月30日

財団法人修養団が毎年夏休みに沖縄の渡嘉敷島で障害児を含めたサマーキャンプを実施している。
そこに、十七歳のヨウ子ちゃんという、両手両足の動かない女の子がお母さんと車椅子で参加した

▼沖縄のきれいな星空に誘われて七夕祭りをすることになり、「願い事」を短冊に書くことになった。
ヨウ子ちゃんにも「何か書いて」とお願いすると「別にないな」という返事。

夕方になって、子どもたちが短冊を笹に吊るすようになって再び「何か書いたら」と促すと「じゃあ、一つだけ」と書いてくれたのが「もし、神様がいらっしゃるならお母さんより一日だけ早く死なせて下さい」という言葉。
両手両足の動かない女の子は、お母さんが先立った後を思ったのだろう。炊事のお世話していたお母さんが、その短冊を見て「私も一言、書いていいですか」と書かれたのが「もし、神様がいらっしゃるなら、贅沢かもしれませんが娘より一日だけ長生きさせて下さい」という言葉だった

▼キャンプが終わり、帰り際、ヨウ子ちゃんは「私は神様に選ばれたのよね。私だったら、神様は耐えられると思って、こんな試練をくれたのよね。私って、選ばれたのよね」と言って笑顔で帰って行った

▼「どうしようもない縁を生かしきる。そして、今を喜ぶという姿に感動しました」―六月の山口県議会で一般質問に初登壇した岡村精二議員はキャンプでの出来事を紹介し、“親子の縁”“家族の絆”の素晴らしさを啓発する大切さを訴えた。議場の議員や職員に感動の涙を誘ったのは言うまでもない

▼フェミニストによれば、介護保険法も「介護は家族責任ではないという国民的合意を形成した」と言う。こうした、国や社会に責任を転嫁する福祉の考えが今、この国に浸透してきている。

しかし、それでは、不平や不満ばかり増幅されるばかりで、人としての大切な心を失ってしまうのではないだろうか。
山口県議会を傍聴して、福祉の根源、人としての価値について考えさせられた。