大西倉雄さんの長門市長選挙「出陣式」に行ってきました。
11月 22日, 2011 by okamura
長門市内の漁業協同組合の駐車場で開催された大西さんの出陣式に行ってきました。
前日は、穏やかな天気でしたが、朝から冷たい強風が吹く中、
自民党会派からは、柳居議長、新谷副議長、石崎県連会長、松永県連会長代行、塩満県連副会長、伊藤幹事長らが
自民党新生会からは私、また国会議員の秘書の皆さんが駆けつけていました。

岩田後援会会長、柳居議長、安藤青年部長の挨拶のあと、
壇上に立った大西さんは、県議や旧日置町議出の経験を強調し、市民一丸となって、
「チーム長門」を構築し「全国に誇れるまちづくり」を理念に掲げました。
さて、出陣式の途中、新聞記者さんから連絡が入り、無風から一転、突然、「他の新人候補が立候補する」
との情報がありました。
残念ですね。
なかなか無投票というわけにはいきません。
大西候補は「頑張ろうコール」を終えると、力強い第一声と共に、遊説カーで市街地に出発しました。
午後3時、新人の岡村節子さんが正式に立候補を表明し、1週への戦いとなりました。
ご健闘を祈るのみです。
福島明人さんがサンフランシスコに到着。私はCYNTHIA8を上架しました。
11月 20日, 2011 by okamura
7月1日横浜を31フィートのヨットで単独太平洋横断に出航した福島明人さんが、
無事、目的地のサンフランシスコに到着しました。
途中、衛星電話の不調などで、急遽、ハワイに入港するなどのトラブルはありましたが、
夢が叶って、本当に良かったです。
相談を受けていただけに、ずっと気になっていました。
彼からの電話では、12月末まで、アメリカに滞在し、ヨットは売却して帰国するとのことです。
帰国後は農業をしたいそうです。
(今の私なら、きっとサンフランシスコでヨットを整備して、ハワイ経由で、できれば南太平洋をめぐって帰るでしょうね。
そんな生活に憧れています。私の夢ですから・・・。)

写真左は福島明人さんのヨット
写真右は私の「CYNTHIA-8」(宇部市妻崎漁港に係留しています)
私のヨットを3年ぶりに上架(陸に揚げること)しました。
3年前、整備して海に降ろしましたが、忙しくて結局、3年間でたったの2回しかヨットに乗ることができませんでした。
せっかく一生懸命整備したのに、もったいないですね。
いつの間にか、船底はカキの養殖場のようになってしまいました。
議員活動も年々忙しくなり、そろそろヨットを持つこと自体が、
限界に来ていますが、意地でも手放せませんね。
今回は、息子が「友達と乗りたい」と言い出したこと、
また私の「不登校や高校中退の生徒が多い精華学園高等学校の子どもたちをヨットに乗せてあげたい」
という思いもあり、思い切って整備することに決めました。
ヨットは37フィート12人乗りで、大型の25トンレッカーを使っての作業ですが、吊り上げ用のベルトが舵板に引っかかり、
所定の位置にスリングを固定できないので、結局、私が潜って処理しました。
11月の海水は冷たいですね。
まだまだ、若いです。
いざとなれば、気合が入ります。
借り物の船台もピッタリで、意外と短時間で作業を完了しました。
今回は、マストも外してました。再塗装します。

妻崎漁港に係留しています。漁港の準組合員です。

船底はカキが一杯ついています。高圧水で洗浄するときれいに落ちます。
写真右:少し離れてみると、かっこいいヨットですが、船齢35年の老朽船です。
息子の手伝いしだいですが、来春を目安に、ゆっくり整備します。
友人の大西倉雄県議さんが長門市長選挙に立候補します。
11月 17日, 2011 by okamura
11月20日に告示される長門市長選挙に県議会議員(長門選挙区)の大西倉雄さんが
立候補されることになりました。
大西さんは現在、自民党県連の政調会長を務め、特に山口県議会初の議員立法である
「山口県中山間振興条例」を制定するときには、中心的役割を果たしました。
県議会、特に自民党にとっては、政策面で大きな柱を失ってしまうことになり、残念です。
しかしながら、県議会で農林水産委員長を務めた経験、中山間地域の諸問題についても、
県議会の誰もが認める政策通だけに、
長門市にとっては最良の市長候補だと確信しています。
長門市の抱える過疎化、高齢化、少子化問題、またTTPに対応する農林水産業の振興、
山陽地区(高速道路)への道路整備などの多くの課題は、そのまま山口県全体が抱える
大きな課題でもあり、大西さんなら必ず、「明日(未来)の山口県の方向性を示す政策を
実行実現して頂けるものと、大きな期待をしています。
私が文教警察委員長のとき、大津高校と長門水産高校、日置農業高校の統合問題があり、
大西さんは、とても心痛されていました。
住民やOBにとっては、統合しないのがベストな選択かもしれませんが、生徒の定数減による
教員数の削減などによる学力への影響は計り知れません。
私は在籍している生徒、これから入学する生徒のために、どの選択肢がベストなのかという
議論を行い、最終的には「3つのキャンパスを持つ統合」という結果になりました。
心痛されていただけに、大津緑洋高校のこれからの発展のためにも、大西さんはきっと、
大きな成果を出して下さると思います。
実は大西さんとは長いお付き合いで、県議会議員に立候補したときも、ご助言を頂きました。
4年前の沖縄(渡嘉敷島)へのジュニア洋上スクールでは、団長を務めて頂いています。


第18回ジュニア洋上スクールin沖縄・渡嘉敷島(2005年)
私は今春の議長選挙に関わる問題で「自民党会派」を離脱して、「自民党新生会」の立ち上げに参加したため、
会派は異なってしまいましたが、個人的なお付き合いは、今まで通りだと思っています。
大西さんとの初めての出会いは、私が昭和52年、単独太平洋横断に成功した頃ですから、35年前。
当時、私は宇部市の厚南青年団の会員で、彼は山口県青年団団長をしていました。
団長として「防長青年館」の建設に伴う寄付金集めに一生懸命でした。
特に昭和53年、私が「NHK青年の主張全国コンクール全国大会」に出場した頃から、
親しくさせて頂くようになりました。
その後、日置町議会議員、議長を歴任され、県議会議員に出馬。
初めての県議選には、応援弁士として個人演説会にも行かせて頂きましたが、残念な結果に終わりました。
しかし、次の県議選では、ついに夢を果たし当選。
選挙区が広がり、「厳しい」といわれた3期目の選挙のときは、大西さんの「女性の会」で講演させて頂き、
また8箇所で応援弁士をさせて頂きました。
そのとき、奥様がそばで一生懸命、動いておられる姿に感動しました。
今の大西さんがあるのは、内助の功が大きいですね。
これからのますますのご活躍に期待しています。
「第66回国民体育大会おいでませ!山口大会」の思い出
11月 11日, 2011 by okamura
国体が終わって、1ヶ月が過ぎようとしています。
写真の整理を兼ねて、振り返ってみることにしました。
私はソフトボール競技とスポーツチャンバラ競技の2種目を責任者に一人として担当しましたが、
開催日が重なって、スタッフの皆さまには、たいへんご迷惑をお掛けしました。
とにかく、大過なく無事終えることができたことを、心から感謝しています。
改めて、宇部市役所の職員、審番員、競技役員、そしてボランティアの皆さまに
厚くお礼申し上げます。
ありがとうございました。
「君の一生けんめいにあいたい」をテーマに開催された国体。
58歳の私にとっては、間違いなく2度目の最後の国体。
前回のときは、小学5年生でした。
山口県は1点差で「天皇杯」に手が届かなかったということですが、
あまり記憶にありません。
しかし、今大会は私も主体的に関わってきただけに「天皇杯」と「皇后杯」の取得は、
本当にうれしい出来事でした。
二井知事さんも、大きな念願だっただけに、安堵されたと思います。
私は宇部市ソフトボール協会会長(山口県ソフトボール協会副会長)という立場で
正式種目であるソフトボール競技大会(少年男女)を、
そしてデモンストレーション競技ではありますが、山口県スポーツチャンバラ協会会長という立場で、
スポーツチャンバラ競技大会を担当しました。
多くの不安を抱えての大会でしたが、素晴らしい思い出を一杯頂きました。
何より、天気にも恵まれましたね。
2011.10.1総合開会式(維新百年記念公園陸上競技場)
写真右:4月の県議会議員選挙で当選した三浦昇さんと正面玄関前で
「あたたかいご支援ありがとう」の横断幕を掲げて入場する福島県選手団、大きな拍手が起こりました。
900名を越える最大の人数で入場する山口選手団。 写真右:安倍晋三先生の奥様、昭恵さんと。
10.8-10 ソフトボール競技会(少年男女) 宇部市東部体育広場
なにより天候に恵まれました。(昨年、一昨年の大会では、雨のため中止になったそうです)
県会長の丸山秀三さんが体調不良とのことで、責任者として運営に携わらせていただきました。
国際ホテル宇部で行われた監督者会議。開会式の入場行進の先導役は宇部市協会の上田理事長さんです。
聖和幼稚園の皆さんが「ちょちょるダンス」を披露してくださいました。
教諭の山本先生は「森と海の学校」のスタッフです。
ボランティアの高校生と。一生懸命、奉仕していただきました。
写真右:日本体育協会会長の張富士夫さんらと、ソフトボール競技をご高覧下さった秋篠宮両殿下を
お出迎えさせて頂きました。
閉会式では、競技責任者として挨拶と表彰状の授与をさせて頂きました。
10.9 スポーツチャンバラ競技会(宇部市武道館にて)
自民党山口県連「移動政調会」が開催され多くの要望・意見をお伺いました。
11月 7日, 2011 by okamura
11月6日、山口市の「ホテルかめ福」で開催された移動政調会には、
県内各市町から市長、副市長また各支部長さんが出席して下さいました。
私は「山口県連総務副会長」として、第3選挙区の司会を担当しましたが、
課題解決は予算しだい、何より大切なことは財政再建ですね。

1時間いう時間的制約がありましたが、積極的な意見交換が行われましたが、やはり、
その多くが土木事業、特に道路の改修、拡幅、基幹道路の延長、インターチェンジの新設などでした。
要望の中で、気になったのは(国の政策ではありますが)、漁船が試用する軽油税の免除が来年3月で終わってしまうことです。
1リットル当たり軽油が30円は値上がりすることは、漁業者にとっては、死活問題。
何とか延長してほしいものです。
《軽油免税制度廃止で農漁業に打撃来年3月で切れる特例措置》
魚価安、燃料高騰に追い打ち
第6回マニフェスト大賞【優秀政策提言賞】の授賞式に妻と出席しました。(2度目の受賞です)
11月 6日, 2011 by okamura
11月4日午後2時から東京の六本木ヒルズで開催された授賞式に
精華学園・副理事長の金子豊さんと妻の3人で出席しました。
今回は全体で1340団体、1670件の応募があり、
私の応募した「政策提言賞」には225団体302件の応募があり、
5名の優秀賞が10月1日に発表され、私の受賞が決まりました。
確率的には60分の1まで残ったわけですから、本当にありがたい受賞だと心から感謝しています。
《優秀政策提言賞大会記念冊子原稿》
《優秀政策提言賞大会記念冊子原稿 添付文書》
写真左:映像で映し出されたNPO法人オン・ザ・ロードの皆さんとの写真(宮城県大崎市のテント村)
写真右:表彰状を受ける私。2度目の受賞は、本当にあり難いことだと思いました。
震災委員長の北川正恭早稲田大学教授と記念写真を撮らせて頂きました。
写真左:精華学園副理事長の金子豊さん。わざわざ授賞式に掛けつけて下さいました。
写真左:審査委員の秋吉久美子さん
写真右:ご来賓の衆議院議員・逢沢一郎先生、旧知の関係になるくらい、お会いする機会があります。
写真左:元神奈川県知事の松沢成文さん。
第2回マニフェスト大賞では「知事多選禁止条例」で受賞されました。
(衆議院第一議員会館の多目的ホールで開催された懇親会にて)
最初の審査員挨拶で、東日本大震災で活躍した私の「支援ハウス」のことを紹介してくださいました。
2度目の受賞は、私としては大きな大きな勲章を頂いたような気持ちです。
多くの皆さまのご協力の賜物と心から感謝しています。
目標を持たないと、なかなか頑張れない私の性格ですから、
これからも議員活動の励みとして、マニフェスト大賞には応募したいと思っています。
とにかく、感謝、感謝です。
優秀政策提言賞 講評
藤森克彦 みずほ情報総研 主席研究員
■岡村精二(山口県議会)
「仮設住宅のリサイクル化と早期設置型組立て式「支援ハウス」の提案」
もし阪神淡路大震災で建築された約5万戸の仮設住宅がリサイクル可能であったとしたら、東日本大震災における仮設住宅の建設費はかなり削減でき、多くの被災者が早期に入居できたのではないか。こうした問題意識から、リサイクル可能な早期設置型組立て式「支援ハウス」を提言。実際、東日本大震災直後、ボランティアからの依頼を受けて、試作品2戸が被災地に搬送設置された。現地における検証とともに、費用対効果や他の代替手段との比較などを行って、この提言のさらなる進化を期待したい。
一つ残念だったのは、「優秀成果賞」に選ばれた「議員提案による『中山間地域振興基本条例』の制定」です。
5年前、山口県自民党県議団が中心となって制定した条例と同じ手法で制定し、内容もほぼ同じです。
「宝くじは買わなければ当たらない」のと同じですね。
申し込んでおけば良かったですね。
来年はぜひ、自民党県議団が中心となって制定した3つの条例を整理して、申し込みたいと思います。
シンガポールから飛行機で「支援ハウス」が帰ってきました。
11月 1日, 2011 by okamura
10月31日、シンガポールで行われた「JECアジア2011」国際見本市に出展されていた支援ハウスが
再度、飛行機で帰還しました。
ひょっとすると、飛行機で運ばれた世界初の住宅かもしれませんね。
折り畳んだ状態での輸送だったため、ハウスの上にも多くの荷物が積まれたようですが、
ほとんど無傷で戻ってきました。
これから商品化されるのかどうか、まったく未知数ですが、素晴らしい体験をさせて頂いたことに、
感謝しています。
「必要なものなら、必ず、いつの日か認められるときが来る」と信じて、
これからも研究開発は続けてまいります。
今回の経費は、全額、FRPサービス㈱さんが負担してくださいました。
ありがとうございました。
現在、いつでも再出動できるように、事務所の駐車場にシートを掛けて保管しています。
(次の大震災への備えです。それが目的の支援ハウスですから・・・。)



















































