笑顔が素敵な山本恵利加さんが宇部フロンティア大学短期大学部のパンフに!
6月 22日, 2011 by okamura
私が会長を務めさせて頂いている「宇部フロンティア大学短期大学部教育振興会」理事会が、
大学内で開催されました。
用意された来年度の学生募集用パンフレットを見ると、私の大好きな山本恵利加ちゃんの写真が
大きく掲載されていました。
初めの会長挨拶で、つい、恵利加ちゃんの話をしてしまいました。
私が香川中学校高等学校「父母の会」の会長を務めていた頃、彼女は高等学校女子部の
生徒会長をしていました。保育科の生徒で、出会うたびに「こんにちは!」と大きな声で、
しかも、頭の上で手を大きく振りながら挨拶をしてくれました。
卒業後、短期大学部の保育科に進学しました。
その年の夏休みに、お母さんの紹介もあって、私が主催した「ヨットクルージング」に、
初めてスタッフとして参加しました。そのときのクルージングの行き先は、
なんと、韓国の釜山(プサン)でした。
日本で初めての「ヨットによる青少年向けの海外への研修航海」
ヨット2隻に、子どもたち18名とスタッフ6名が乗船しました。
往復10泊11日、しかも往復、台風の中を走る航海でした。
楽しく、でも厳しい航海でしたが、すごく頑張って、子どもたちのお世話を一生懸命してくれました。
彼女は今、25歳、幼稚園の先生をしていますが、天職だと思います。
今も、会うたびに、いつも優しい笑顔を見せてくれます。学生募集用パンフレットです。
日本で初めての「ヨットによる青少年向けの海外への研修航海」
左:韓国のプサン国際ヨットハーバー(オリンピックの会場になりました)
中:対馬の海峡を航海する「シンシア8世」(私のヨットです)
右:舵を握って操船する山本恵利加
災害用「復興支援ハウス」の展示会を7月15日(金)に東京都庁(ふれあいモール)で開催
6月 21日, 2011 by okamura
平成7年の阪神・淡路大震災以来、15年間に亘って取り組んできた
災害用早期設置型組立て式「復興支援ハウス」の展示会を
「東京都庁」で開催させて頂くことになりました。
研究作品を公の場で、発表できる機会を頂けたことを、本当に有難く思っています。
当ハウスは阪神淡路大震災における被災者の過酷な避難所生活を教訓に、体育館等でのプライバシーのない生活からの早期解放と、過労やストレスによる精神的肉体的な負担を低減することを目的に、大都市大震災を想定して研究開発したものです。
保管・搬送時は箱型で、組立て時間は約1時間です。
ジャッキを備えているので、傾斜地にも設置でき、移動も簡単で、再使用できます。
室内には4人分のベッド、トイレ、シャワー、キッチン、テーブル、冷蔵庫などを備えており、
設置後、すぐに入居できます。
仮に各県で100戸程度備蓄しておき、災害発生後、被災地に大型トラック(6~9戸積載可能)で搬送すれば、3日程度で約5000戸の支援ハウスを設置することができます。
展示させて頂くのは、2005年の新潟県中越地震の際に小千谷市で使用され、現在、宮城県大崎市で使用されている支援ハウスと、今回、開発した支援ハウスの2戸です。
たいへんお忙しい時期とは存じますが、ご高覧頂けると幸いです。
展示日時: 平成23年7月15日(金)午前10時~午後4時
展示場所: 東京都庁「ふれあいモール」
(第一本庁舎と第二本庁舎の間にある公園内です)
第一本庁舎と第二本庁舎の間にある通路下が公園で、左側の噴水そばに展示します。
展示するのは、
- 6年前に製作し、新潟県中越地震で使用し、現在、宮城県大崎市で災害ボランティアの救護用に
使用されている支援ハウスです。
床面積6.7㎡ですが。4人家族が暮らせる機能を備えています。
材質はオールFRP(強化プラスチック)製で、多分、世界で初めてFRP製で造られた住宅だと思います。
当日は大崎市から搬送します。


- 現在、製作中の新バージョンです。
床面積約10㎡で、トイレは外付けとし、エアコン、温水器、大型太陽電池、フリースペースを備えています。
4トントラックで2戸。10㌧トラックなら6戸積載可能な最大限の大きさとして設計しました。
大工さんの兄が製作中で、7月5日を完成予定です。
できれば、県内で一般公開した後で、東京に搬送したいと思っています。
展示会終了後は、宮城県に搬送して被災者支援に使用する予定です。
7月1日(予定)福島明人(28歳)さんが「単独太平洋横断」に出港します。
6月 17日, 2011 by okamura
神奈川県横浜市の福島明人さん(28歳)が、友人の紹介で、私を訪ねてきました。
目的は単独太平洋横断についてのアドバイスです。
私が手作りのヨットで横断したのは、34年前、昭和52年、23歳のときでした。
当時はまだ、ヨットによる単独太平洋横断が「冒険」といわれた時代で、
私の航海も自設計自作による初めての挑戦として、第1面に取り上げられましたが、
今では、ほとんど記事としては取り上げられなくなりました。
太平洋横断は「冒険から、誰でもできる航海」という見方に変わったのだろうと思います。
ヨットもベニヤ板(9ミリ厚)製で、まだFRP製のヨットは少数派でした。
今では、木製のヨットはほとんどなくなり、時の流れを感じます。
航海術もセキスタント(六分儀)を使い、太陽と水平線の角度を正確に測り、時計をチェックして位置を計算しました。
正確な時計は必需品で、発売されて間もなかったセイコウの腕時計「クウォーツ」を2万7千円で購入しました。
当時の大卒の初任給が6万円くらいでしたから、本当に高価でした。
今なら1000円で購入できます。
さて、福島さんは、明るい性格で人柄もよく、真面目な青年でした。
7月1日、横浜ベイサイドマリーナを出港して約60日から70日で、サンフランシスコを目指すとのことです。
話を伺うと、経験も準備も十分過ぎるほどできており、ヨットもよく整備された「バンドフェット30(9m)」でFRP製のヨットです。
私のときより、準備をされているなあと感じました。
「荷物の忘れ物」さえがなければ、失敗することはないと思いました。
私のアドバイスは2つ。
1.航海中に、将来の生き方(生き様)を考え決めること。
(将来、ヨットで生計を立てようと思わないこと)
2.人間関係での悩みを持ったまま、出港しないこと。
(孤独感は不安定な人間関係があって、初めて生じる)
時間が取れれば、ぜひ、お見送りに行きたいと思います。
「私もまた、挑戦してみたい」(本音です)
改良型の新「支援ハウス」の製作を始めました。6月末完成予定です。
6月 13日, 2011 by okamura
被災地からの要請もあり、災害用早期設置型組立て式「戸建てシェルター(災害復興支援ハウス)」の新バージョンを製作し、試験的に被災地で使用して頂くことにしました。
現在、宮城県大崎市で災害ボランティアの支援として使われている「支援ハウス」は、2005年10月に自作したFRP製です。
2005年の新潟県中越地震では、新潟県小千谷市体育館の近くで、冬季1か月間、災害ボランティアの支援に使用されました。
また、2006年に開催された「国際プラスチックフェアー」では特別招待作品として、会場の千葉県「幕張メッセ」の玄関に展示されています。
すでに、試作して6年間が過ぎましたが、今も支障なく使われており、再使用が可能であることが実証されています。
既存の仮設住宅の建設・解体費用は、一棟あたり500万円も掛かり、しかも、再使用されることなく廃棄処分されています。
支援ハウスは再使用が可能で、費用と環境面からも有効だと思われます。
今まで使用された皆さんから、多くの改良点や意見を頂いており、阪神・淡路大震災以来、15年間、災害対策に関わってきた集大成になればと思っています。
現在、宮城県大崎市で使用されている「戸建てシェルター(災害復興支援ハウス)」の写真とリーフレット(国際プラスチックフェアーで使用)
平面図は意匠特許の関係で、後日、掲載いたします。
今までとの大きな違いは、10㌧トラックに6戸積める最大限の大きさで、4人でくつろげるスペースを設けたこと、また、トイレは臭いの関係で屋外に設けました。
床面積は約9.5㎡で、かなりゆとりができました。
2006国際プラスチックフェアー(幕張メッセにて) 2005新潟県中越地震(災害ボランティアの皆さんと)
支援ハウスの内部
新規「支援ハウス」の製作は、岡村工務店の作業場で行われています。
大工さんをしている兄が、大工仕事を請けてくれました。
宇部市厚東区棚井にある兄の作業場(6月10日)
床内部には25ミリのスタイロフォームと断熱シートが入っています。
天井部分の骨組みです。天井には太陽電池が設置されます。小さな開口部は天窓です。(6月13日)
卒塾生の寺戸君、キャンプスタッフの松永さん、中山君がそれぞれ結婚しました。
6月 12日, 2011 by okamura
卒塾生の寺戸君がソルポニエンテで、そして、「森と海の学校」のスタッフである松永さんは赤間神宮で結婚式を挙げました。
また、恩師の中山靖雄先生のご子息であり、「森と海の学校」のスタッフの中山雅貴君が新婚旅行中に我が家を訪ねてきてくれました。
秋には、岡村正徳くんと土生あづささんの結婚式があります。
共に卒塾生であり、「森と海の学校」のスタッフです。
長年、子どもたちと関わってきて良かったと心から感じています。
寺戸太郎君は昭和62年、小学5年生のときに入塾しました。
夏の4泊5日のキャンプは福岡県篠栗で行いましたが、5日連続大雨で、もっとも辛いキャンプを経験しています。
また、翌年のキャンプは秋吉台少年自然の家まで、往復100㌔をサイクリングしました。
中学3年生の夏休みは、ヨットで萩の見島までクルージング。
私が一番、野外活動に燃えていた頃の塾生です。
9月には小太郎君が誕生予定です。
(山陽小野田市のソルポニエンテにて)
松永さんは、中国へのジュニア洋上スクールに団員として参加して以来のお付き合いです。
非常に低学年に優しく、世話好きな優秀な子でしたから、翌年から10年以上もキャンプやジュニア洋上スクールのスタッフとして活躍してくれました。
(下関市の赤間神宮で結婚式、披露宴は春帆楼で行われました)
中山雅貴君は、生まれた頃からのお付き合い。
お父さんは、私の人生の師である中山靖雄先生。
今、福祉施設の職員として、働いています。
「新婚旅行は山口県、私の家まで来ること」
北九州まで足を伸ばし、関門海峡は地下道を歩いて渡ったそうです。
(小倉リーガロイヤルホテルにて)
琴崎八幡宮清掃奉仕(修養団宇部市連合会主催)を行いました。
6月 3日, 2011 by okamura
6月1日午前6時から恒例の琴崎八幡宮清掃奉仕を行いました。
「修養団」とは文部科学省所管の社会教育団体です。
よく宗教団体と勘違いされますが、明治37年に設立された日本で最も古い社会教育団体です。
東京師範大学(現在の東京教育大学)の学生たちによって結成され、日立製作所、松下電気産業、宇部興産などが支援している全国組織の団体で、青少年教育や社員研修などを行っています。
本部は東京の代々木にあり、18階建てのビルを所有しており、私は本部理事と宇部市連合会の会長をさせて頂いています。
さて、清掃奉仕には、早朝、出勤前にもかかわらず、25名の方々が参加してくださいました。
参道を中心に約30分間清掃したあと、本殿前に整列し、全員で参拝し、愛汗黒板にかかれた今月の言葉を朗読。
参加者からもご挨拶を頂き、解散しました。
なぜか、清掃奉仕を行い神社に参拝すると、さわやかな気持ちになれます。
「少し気まずいことや辛いことがあっても、神様に頭を下げると、許された気になる」という日本人の精神構造にあるのでしょうか。
左:「今月の言葉」を読む岡村里美さん(境内にある黒板に書かれています。)
右:西村タツコさん、86歳になられたそうですが、たいへんお元気で、今も「子ども見守り隊」の会員として、横断歩道に立ち、子どもたちに声掛けをされています。本当に素晴らしい方で、お会いするだけで心が癒される、そんな方です。
宇部日報での記事です。
2011.6.1琴崎八幡宮清掃奉仕(修養団宇部市連合会)
6月 1日, 2011 by okamura


















































