宇部マテリアルズの玄関前に植えられたクスノキの巨木。
1月 29日, 2011 by okamura
宇部小野田湾岸道路の建設にあたって、平成12年に解体された旧・宇部興産本社ビルの玄関前には、大きなクスノキが3本ありました。
解体された頃、私は「ウベニチ新聞」のコラム「冬至夏至」の毎週土曜日を担当していました。
そのコラムに「クスノキは残った」という題名で1000字程度の原稿を書いた思い出があります。
ビルが解体された後も、クスノキだけは残っていましたが、最近になって、いつも間にか、姿を消していました。
植え替えのため、掘り起こされて、仮置きされてたようです。
3本のうち、1本は枯れてしまい、1本は宇部マテリアルの本社前に植えられました。
残りの1本の行き先に苦慮していたとき、偶然、かつて私が書いたコラムの原稿のコピーが、
宇部興産の総務課と湾岸道路事務所に残っていたこともあっって、突然、お電話を頂きました。
「精華学園高等学校にクスノキはいりませんか?」
びっくりでした。
学校の土地所有者は宇部市であり、学園は借用しているだけなので、宇部市に問い合わせたところ、
「問題ないでしょう」との返事を頂きました。
その後、手続きを経て昨年の3月8日、学校前の道路沿いの敷地に移植されました。
あまりにも、大きなクスノキにみんなびっくりしました。
移植された後、お酒をまき、職員は毎日、「枯れなければいいが・・」と水を与えました。
皆さんの努力で、5月には多くの新芽が出て、ほっとしました。
昨年の夏の暑さは、特に厳しく心配しました。
あれからまもなく1年を迎えますが、もう大丈夫ですね。
大きく茂ると、バス停で待っている人たちのいい日陰ができそうです。
実は、昨年3月8日は、私が学位「博士(工学)」を頂いた日です。
私にとっても、いい記念になりました。
下の写真は、兄弟分の宇部マテリアルのクスノキですが、立派に根付いています。
別々の場所で、新しい人生を歩みだしたクスノキです。
これからも見守っていきたいですね。
ドクターヘリが初出動。山口大学病院からから長門市まで16分で到着。
1月 28日, 2011 by okamura
山口県が21日に導入したドクターヘリが25日初出動し、くも膜下出血を起こした長門市の女性患者を
基地病院である山口大学付属病院まで搬送しました。出動要請から搬送終了まで約1時間。
素晴らしい機能を持った医療体制になりましたね。年間維持費は約2億円。
命の尊さを考えれば安い経費です。
離党(見島まで片道約30分)や山陰の東部地区、中山間地域においては、
本当に有難い、力強い存在になりそうです。
21日の就航式典には所用で出席できなかったので、前日、視察をさせて頂きました。
霧島「新燃岳」が噴火。「阪神・淡路大震災」から16年、災害多発時期が来ました。
1月 28日, 2011 by okamura
噴煙が3000m近く上がるテレビの映像を見ながら、北海道の『有珠山』の噴火を思い出しました。
火山噴火による災害は、収束の時期が予測できず、長ければ半年以上も続くことがあります。
長期に亘る噴火による、農作物への被害、健康上の被害が懸念されます。
選挙がなければ、すぐにでも視察に行きたいのですが・・・・・。
「有珠山」の噴火のときは、北海道まで視察にいき、3日間、被害状況を調べましたが、仮設住宅の建設が終わった頃に噴火がようやく収束し、まったく使われないまま解体された仮設住宅が数多くありました。
火山噴火による災害は、仮設住宅の建設時期、戸数の決定が難しいですね。


さて、平成7年1月17日(1995年)早朝、神戸市を中心に大地震が発生し、死者6434人を出しました。
阪神・淡路大震災から、早いもので16年が過ぎました。
当日、私は松山市内の旅館にいて、震度2程度の軽い地震を感じました。
まさか、神戸市内が悲惨な状況にあるとは思いもしませんでした。
テレビの映像をみて、初めて状況を把握したときは、鳥肌がたつ思いでした。
以来、何度も神戸市内を視察し、「これから、災害多発時期が来る」との強い予感を持ちました。
その後、宇部市も台風による高潮災害を経験し、意を決して、山口大学の防災システム工学科に入学しました。
以来、9年間も在籍して、災害を学ばせて頂きました。
この10年間を振り返ると、異常気象による洪水、台風、火山の噴火、地震、そして鳥インフルエンザ、口蹄疫など危機管理が問われる時代になりましたね。
女性の会「はなはな会」を開催。全員で「野に咲く花のように」を合唱しました。
1月 25日, 2011 by okamura
女性の会「はなはな会」を全日空ホテルで開催し、多くの皆様にご出席頂きました。
本当に有難いことと、心から感謝しています。
ご来賓として、お忙しいなか、参議院議員の岸信夫先生、衆議院議員・河村建夫先生の奥様の隆子さん、
そして参議院議員・林芳正先生の奥様の裕子さんもご出席下さいました。
女性部会長の渡木美枝さんの挨拶の後、
「テレビ寺子屋」(フジテレビ系列)講師という肩書きで、講演をさせて頂きました。
演題は「親子のきずな」(親からの手紙に涙する子供たち)」。
「親子の手紙のやり取りをとらえた映像」を放映し、「きずなの大切さ」について話させて頂きました。
持ち時間は25分でしたが、ついつい5分オーバーしてしまいました。
ティータイムの後、
雅原真結さんによる日本舞踊、今井美樹さんによる二胡演奏、宇部民踊愛好会による踊りの披露など、
皆様と楽しいひとときを過ごしました。
そして、最後に「はなはな会」のテーマソングになった「野に咲く花のように」を合唱しました。
終わりの挨拶で後援会長の村田義三さんが選挙のことに触れられて
『前回の統一地方選挙では「岡村精二は大丈夫!」との風評が行き渡り、
終わってみれば、7人中5位でした。
今回は最後まで気を引き締めて応援をして頂きたい」と述べられました。
私自身が、一番、気を引き締めなければいけませんね。
「シンシア3」です。(室内は昭和52年(33年前)にタイムスリップ)
1月 25日, 2011 by okamura
平成23年4月の統一地方選挙が近づいてきました。
先日、行われた後援会の役員会で、事務所の玄関横の部屋を選挙事務所に使うことが決まりました。
そのため、部屋に保管してあった「シンシア3」(太平洋横断に使用したヨット)と、事務所の前の駐車場に保管していた災害用早期設置型シェルターを近くの駐車場に移動しました。
4トンユニックを使っての作業。結構、大変でした。
広い駐車場に置いてみると、シンシア3世は小さいですね。
昭和52年、147日間をかけて単独太平洋横断に使用したヨットです。
当時、23歳の私には軍艦のように、「絶対に沈むはずは無い」と確信して出航しましたが、
今の歳になって冷静に考えてみると、
「よくこんな小さなヨットでアメリカまで行ったものだ」と思います。
きっと、怖さ知らず、世間知らずだったからでしょうね。「若い」ということは、そういうことだと思います。
室内は当時のまま、保管してあり、時計は転覆した時間で止まっています。
自分への戒めにつもりで書いた『6月21日15:09を忘れるな!」。転覆時刻です。
(今、ヨットはシートを被せて保管しています。選挙が終われば、また、事務所に戻します。)
隣に置いてある災害用早期設置型シェルターは大災害が起これば、すぐに搬送できるようにスタンバイした状態で保管しています。
今年の書初めは「跳躍」。河村建夫先生の「新春の集い」に出席しました。
1月 17日, 2011 by okamura
宇部全日空ホテルで行われた恒例の「新春の集い」には、約450名の支援者が出席しました。
羽織はかま姿で、登場された河村先生が書かれた書初めは「跳躍」。
「ウサギのように、大きく飛び跳ねたい」との思いだそうです。
乾杯後に挨拶の機会を頂き、
「沈み行く日本を救うには、あまりにも時間がありません。
山口県という言葉には先駆けになるとか先人を切るという意味があるそうです。
先生にはぜひ、その先人たる役割を果たしていただきたいと願っています」
と話させていただきました。
「人権ハートフルフェスタ・うべ」:子育てのあり方を考えさせられました。1.15
1月 17日, 2011 by okamura
平成23年1月15日宇部市文化会館で「人権ハートフルフェスタ・うべ」が開催されました。
主催は、子どもの悩み事相談を行っているチャイルドラインの三好喜美子さんたちです。
寒風、雪のちらつく天候でしたが、若いお母さんがたくさん出席していて、
関心の高さを感じました。
私は、講師の芹沢俊介さんの講演「もういちど親子になりたい」をお聞きしたかったのですが、
所用で遅れてしまい、シンポジウムから参加しました。
テーマは「子どもに寄り添う大人であるために」
パネリストは鈴木英太郎さん、福島直子さん、山本千恵子さん、芹沢俊介さんでした。
私は27年間、4泊5日キャンプを行っており、昨年も150名の子どもたちと阿蘇で実施しました。
しかし、振り返ってみると、家族だけでキャンプを行ったことがありません。
ヨットのクルージングも、家族だけでという思い出がありません。
塾経営をしていて、夏休みは塾のキャンプの時間を作るだけで精一杯でした。
若いお母さんには、子育ての今を、大切にしてほしいですね。
写真左は1階で行われていたダンボールの迷路、
宇部フロンティア大学の涌井先生と富田先生の学生さんたちが中心となって作ったそうです。
政策聴聞会で、各種団体より要望をお伺いました。
1月 16日, 2011 by okamura
平成23年1月13日、自由民主党山口県連主催による政策聴聞会が
山口市湯田温泉のホテル「かめ福」で開催されました。
私が部会長をつとめる文教警察部会では、教育関係9団体が参加し、
約1時間30分、要望を伺ったのち、意見交換を行いました。
参加団体は
山口県私立中学高等学校協会、山口県私立幼稚園協会、山口県専修学校各種学校協会
山口県私学振興会、山口県私立大学協会、各PTA連合会など。
平成22年度の私立高校生徒数は平成元年度のピーク時(19,348人)に比べ9,453人減と半減し、
少子化傾向は一段と進行しており、私学経営は一層厳しくなっています。
一方、就学支援金施行後も、入学金、授業料等納付金の公私間格差は依然として著しく
高等学校入学時:19.6倍
毎月納付額:公立は無償、私立は平均21,185円(就学支援金控除後)
保護者の負担軽減は緊要の課題ですね。
同じように税金を納付しておきながら、無料と2万円はより格差を感じさせます。
公立も私立も授業料が、共に「無料」なら、生徒はどちらを選択するでしょうか。
最近、私立高校の学力アップはめざましいものがありますから・・・。
来賓として参院議員の林芳正さんと岸信夫さんが参加して下さり、国の動向を踏まえたご意見が頂きました。
連日の正月行事が終了
1月 10日, 2011 by okamura
1月6日、きららドームで開催された山口県警察年頭視閲式に山口県議会・文教警察委員長として参加しました。
警察官はやはり、カッコいいですね。
分列行進の後に行われた部隊巡閲には、パトカーと同じ配色のオープンカーに乗せていただきました。
式典後のアトラクションとして行われた警察音楽隊によるドリル演奏、女性警察官によるカラーガードも最高に良かったです。
終了後、ドームの外ではパトカーや白バイの展示会が行われていましたが、すぐそばの来賓用駐車場に置いてあった私の「愛車デリカ」を展示車両と勘違いして、記念写真を撮っている参加者がいました。
「バイオディーゼルで走っています」という大きなシールが貼ってあるので勘違いしたようです。
1月8日、吉部校区新年交流会に精華学園高等学校の江藤修三校長先生と参加しました。
吉部小学校を借りて、高等学校を開校したのが平成20年7月1日、早いのもで1年半が過ぎました。
少しでも、吉部地区の活性化に寄与できればと思っています。
余興で演奏されたハーモニカの音色が、なぜか懐かしさを感じさせました。
1月9日、原校区の「どんど焼き」に出かけました。
恵美須神社の古い大きな「しめ縄」をどう処分しようか思っていたので、自宅のしめ飾りと一緒に燃やして頂きました。
偶然、卒塾生であり、森と海の学校のスタッフだった女の子と出会いました。
小さな男の子を抱く姿は立派なお母さんですね。
妻の里美は「ぜんざい」のお手伝い。
私は2杯頂きました。
1月9日、宇部市の成人式が市民会館で開催されました。
妻の妹の長女(原三香子ちゃん)が成人式を迎えたので、宇部市民会館に出かけて晴れ着姿の写真を撮ってきました。
美しい着物姿は、日本女性らしくていいですね。
女性にとって着物はひときわ興味があるようで、妻は写真を撮るために、わざわざ市民会館まで出かけました。
1月10日、宇部市スポーツチャンバラ協会の稽古初め、中野自治会新年互礼会がありました。
今日で、ほぼ新年行事が終わり、これからは、4月に行われるメイン行事に向かって、一直線です。
「もっと元気な宇部、山口県へ」
1月 7日, 2011 by okamura
「もっと元気な宇部、そして山口県へ」
「山口」という言葉には「先駆けになる」「先陣を切る」という意味があります。
それこそが、山口県のもつ使命だと思っています。
さて、さまざまな課題が私たちの前に立ちふさがり、今こそ直面する困難を克服する勇気と、新たな未来を構築する挑戦が求められているときはありません。「山口」という言葉には「先駆けになる」「先陣を切る」という意味があります。明治維新のとき吉田松陰先生や高杉晋作が活躍したこと、九人の内閣総理大臣を輩出していることも、私たち山口県民の持っている使命と役割がそうさせたのではないでしょうか。山口県民の誇りと自信、そして勇気を子どもたちに持たせたいものです。
政治家の責任として、山口県の未来に対する夢を語り、具体的な未来像を示し、実現のために実践していく覚悟を強く持たなければならないと決意しています。現在、文教警察委員会の委員長として教育問題や暮らしの安心・安全にかかわる課題と取り組んでいます。
少子高齢化対策、農林水産業の振興、景気・雇用の回復、とくに山口県が将来にわたって確かな存在感を発揮できる地域であるために、持続可能な県政の基盤づくりに全力で取り組まなければなりません。
県議会では「山口県中山間地域振興条例」「山口県ふるさと産業振興条例」の制定、専門分野を生かした「青少年健全育成条例」「公共工事入札制度」の改正、「災害対策」などと取り組んで参りました。
社会的活動としては、「今、自分にできることを精一杯に」との思いから、キャンプなどの青少年活動の経験を踏まえて、不登校や高校中退の子どもたちを支援するため、一昨年、精華学園高等学校を旧吉部小学校で開校しました。
これからも『生活者の起点に立った政策を提案し、専門的知識を持って、自ら行動し、夢を形にしていく議員』を目指し、みなさんの期待に添えるように努力して参ります。
今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。
新しい年が、みなさまにとって素晴らしい年でありますよう願っております。
(平成23年 宇部日報の新年号掲載)
岡村 精二




























































